DOCTOR'S VOICES
施設基準の障壁を打破する「開かれたカテーテル室」
中村 茂 氏
京都桂病院 副院長 兼 心臓血管センター所長
厚生労働省に定められた「施設基準」は、医師の経験、施設の設備、使用する治療器具などに関するさまざまな要件を満たした施設だけが、各種高度治療を行える場所として承認されるという規則だ。
2006年に中村氏が立ち上げた「オープンシステム」は、施設基準の要件を満たさない病院で適した治療を受けられない患者さんが、技術はあっても施設基準のためその病院で治療を行えない医師とともに、施設基準を有する京都桂病院にて、桂病院スタッフと協力して治療に取り組む画期的なシステムだ。
治療前の医師同士のコミュニケーションで問題となるのは、個人情報を含む患者さんのデータをどのように共有するかだ。中村氏は、e-casebookを使ってクラウド上でデータを共有し、他院の医師と治療方針を検討した治療に挑む。
記事公開日:2018年11月7日
最終更新日:2023年11月20日
施設基準に基づく高度医療と医療格差の課題
京都桂病院では、心血管・末梢血管カテーテル治療、植え込み型除細動器、カテーテルアブレーションなど、さまざまな複雑な治療の施設基準について、厚生労働省の承認を得ています。
高度石灰化病変の治療に使われるロータブレーターという器具に関しては、「年間200例以上の冠動脈形成術と、年間30例以上の開心術・冠動脈バイパス術をしている施設」という施設基準が定められています。ロータブレーターはバルーンでは拡張困難な石灰化プラークをダイアモンド砥粒のついたドリルで削る治療であり、専門的知識が必要です。海外では心臓外科の併設の義務はありませんが、日本では心臓外科の併設が要件に入っています。そうなると必然的に、施設基準を満たす病院の多くは、都市部の大きな病院となります。
問題は、カテーテル治療の専門医が施設基準を満たした病院で長年にわたりロータブレーターを使っていたとしても、施設基準を満たさない地方の小規模病院に出向した際、技術があるにもかかわらずその治療が行えないことです。結果、患者さんの治療の選択の幅が、その病院で行える治療の範囲に狭まります。医師もこれまでの経験を生かすことができず、最良と思う治療を患者さんに提供できません。本来、全ての患者さんが高度な医療を安全に受けられるよう制定された施設基準ですが、図らずも医療格差を生むことになっているのが現状です。
オープンシステムは患者さん、主治医、当院にメリットのある仕組み
オープンシステムは、施設基準の要件を満たしていない他院の患者さんとその主治医が、当院のカテーテル室を共有し、当院の専門医と一緒に治療を行う方法です。高度かつ安全に患者さんを治療することを目的として、2006年から施行しています。
従来の「転院」だと、全く知らない他院での入院・治療になり、患者さんにとって非常に不安を伴うものでした。このオープンシステムでは、主治医が治療に参加し、退院後も主治医が元の病院でフォローアップを行うため、患者さんは安心して治療を受けることができます。主治医にとっても、従来の「病状が気になる患者さんの転院の付き添い」では、有給を使ってのボランティアの状態でしたが、このシステムにおいては当院から「医師の派遣費用」が支給されます。施設基準を満たさない病院にとっても、これまでの「治療目的での転院先への紹介」では単なる収入減ですが、このシステムではより高度な治療が提供できたことになります。さらに、施設基準に該当しないまでも治療リスクの高い患者さんのカテーテル治療を当院で行うことになった場合、急変時の対応も十分なスタッフで行なえます。
このシステムは、第一に患者さんのため、そして主治医、他院、当院それぞれにメリットがある仕組みです。お互いに利益があるWin-Winの関係でなければ、スムーズかつ永続的に働くシステムとはなりません。
オープンシステムの現状と課題
全国からの受け入れ開始以来、年に約10人の患者さんがオープンシステムを利用して来院されます。この数の少なさは、このシステムの周知が足りない可能性があるかもしれません。単にニーズが少ないのであれば、私が目指す医療の本来の目的には叶っていると言えます。医療はローカルで完結できれば、それが最善だと考えているからです。しかし、(2018年)現在、国内には約1600施設のカテーテル施設が存在し、そのうちロータブレーターの施設基準を受けているのは約400施設であり、一部の患者さんは十分な治療を受けられていない可能性があります。
e-casebookで時間や場所の制限なくデータを見直して治療判断を
オープンシステムの設立以来、データの共有方法は大きな課題でした。カテーテル治療の判断には、アンギオグラフィー(血管造影検査)画像やCT画像のデータをCDに焼いて送付するのが一般的でした。特に海外からの治療についての問い合わせなどでは、CDを日本まで郵送するのに時間がかかるなど制約がありました。また、通常業務の合間を縫って、病院内に設置されたコンピューターに何度も立ち寄ってCDの中身を確かめる時間はなく、多くの医師は画像を一瞥して治療方針のジャッジをしていました。
e-casebookの導入により、郵送手続きの手間が省け時間短縮ができました。タブレット端末からデータを自由に閲覧できるため、1回画像を見て理解したつもりでいても、自宅で再度確認すると新たな発見があり、より深い考察に基づく治療判断が可能になりました。タブレット端末やスマートフォンの普及が、e-casebookのシステムに適していると思います。以前は「画像を何十回と見て最善策を考えろ」などと言われたものでしたが、今ではこれが実現可能で、かつ「コンピューターのある場所にわざわざ行く」という面倒な行為から解放されたのは大きな進歩と言えます。
e-casebookでボーダーレスに情報共有
オープンシステムでは、他院の医師とのコミュニケーションをe-casebook GROUPで行っています。e-casebookに表示された画像に、問題点、治療方針、使用する道具、注意点などを医師やコメディカルの参加者全員と同時に書き込むことができるので、メンバー全員がどんな治療が行われるのか事前に共有することができます。
2014年のe-casebookリリースと同時期に利用開始して、パソコンとスマートフォンでの使い方にも慣れてきました。他院にカテーテル治療に行く場合もe-casebookを活用しています。症例ごとに治療のポイント、アプローチ、使用デバイスを記入することで、参加者全員が情報を共有し、使用する器具の準備に役立てています。また、海外のワークショップでも使用可能であり大変重宝しています。
埋まりつつある地方との医療格差
現在は、e-casebookなどさまざまな情報交換手段があり、使用頻度も増加しつつあり、地方との医療格差が縮まりつつあります。ただし、医師の立場から考えると、初対面の医師に対して患者さんの相談はしにくいものです。特に経験値が上がってくれば術者として「他院への紹介は自身の技術が不足しているようで恥ずかしい」とか「患者さんがたらい回しにされたなど噂になるのではないか」といった懸念やためらいがあると思います。しかしそれは、医師同士の信頼関係が成り立っていれば障害とはならず、実際にコミュニケーションをとり、信頼関係を築いた後で、e-casebookを活用するのが最良の方法だと思います。
e-casebookの成長と未来の展望
e-casebookは、医療データの共有に特化した非常に高度で革新的なクラウドサービスです。より多くの医師がe-casebookを通して情報を共有し、最善の治療を患者さんに提供できるようになるため、ますます多くの人に利用されるサービスに発展してほしいと願っています。すでにこのサービスは世界で使用されていて、カテーテル治療のライブなどで活用されています。今後もITに詳しくない人でも簡単に利用できるように、ユーザーインターフェースをより簡便にして欲しいです。
現在、e-casebook FORUMで「桂病院心臓血管センターフォーラム」という、当院での治療を紹介する場を設けています。多くの医師に参加していただくように務めており、その反応などをもとに、今後のe-casebook FORUMの方向性を探っていきたいと思います。