DOCTOR'S VOICES
オンラインシャント外来により主役が医師から透析室スタッフへ。地方の雇用創出につながり病院スタッフのモチベーション向上に寄与
奈良原 裕 氏
木古内町国民健康保険病院 病院事業管理者補佐 / 菊名記念病院 心臓血管外科
シャントとは、血液透析を受ける際に十分な血液を確保するために動脈と静脈をつなぎ合わせた血管のことである。透析治療を安定して継続するためには、このシャントを健全に維持することが不可欠だ。そのためには、定期的なエコー検査や専門医による診断に基づき、早期の血管拡張の治療介入が重要だ。しかし、地域の病院では専門医が不在の場合が多く、突発的な治療対応が難しい。木古内町国民健康保険病院では、遠隔医療支援システム(医療機器プログラム認証)「Caseline(ケースライン)」を導入し、現場の臨床工学技士がエコー検査を実施し、遠隔の奈良原氏がオンラインで治療適応を判断する「オンラインシャント外来」を行っている。この取り組みにより、透析治療に対するアクティビティが増え、透析対応日が増加、それに伴いスタッフの増員につながり、さらにこれが病院全体の活性化にも貢献していると奈良原氏は語る。
記事公開日:2024年11月6日
木古内町との出会いとシャント外来の開始
私の所属している木古内町国民健康保険病院は、北海道の南西部に位置し、函館市から車で約50分の距離にあります。木古内町は小さな町で、人口は約3,600人です。木古内町との出会いは2018年にさかのぼります。当時、新潟県十日町市で日帰りのへき地診療に従事し、勤務を終えた後、次に貢献できる場所として木古内町を訪れることになりました。
木古内町の病院で自分に何ができるかを考えたとき、真っ先に思い浮かんだのが「透析治療のワンストップ化」でした。病院の設備やスタッフ数を考慮し、さらに木古内町と周辺地域の医療ニーズを踏まえた結果、シャント外来を始めることに決めました。
シャントトラブルの予防には定期検査と早期発見が鍵
シャント外来では、シャントの血流が悪化したり血管が閉塞したりといったトラブル発生時に患者さんが来院し、対応を行います。しかし、曜日と時間が固定された外来では、突発的に起こるシャントトラブルには迅速に対応することが難しいです。なぜなら、シャントが正常でなければ、その日から透析治療が受けられないため、一刻も早い対応が求められるからです。
しかし、突発的に見えるシャントトラブルも、実際には少しずつシャントに異常を起こした結果であることが多いのです。その異常の多くは、血管内が徐々に狭まり、血流が低下し、ある日突然閉塞に至ります。こうした血流の低下を早期に察知し、カテーテル治療で血管を拡張する治療(シャントPTA)を施すことで、急なトラブルの発生を未然に防ぐことができます。したがって、定期的に血管の状態を検査し、早期に治療介入する管理体制を構築することが重要なのです。
医療DX化で進化するシャント管理
そこで当院では、シャント異常の早期発見と早期治療につなげる体制を構築しました。透析に関する検査から手術までをワンストップで提供できる体制を整えたことで、患者数が増加しました。以前は、透析対応日が月・水・金だけでしたが、新たに火・木・土の午前中も対応することにしました。それに伴い、臨床工学技士3名を増員し、地域での雇用創出にもつなげることができました。
透析対応日が増えたため、私が週2日しか木古内町国民健康保険病院にいないことから、遠隔診療が必要となり、Caselineを導入しました。現場では臨床工学技士がエコー検査を行い、Caselineで私と治療適応の相談ができるようにしています。
Caselineは、医療従事者同士が同時にビデオ通話を行えることから、シャントの定期検査のような定時的な対応に有効だと考えました。透析患者さんにとっても、検査のためだけに来院するのではなく、透析で来院したついでに透析前にシャントのエコー検査を受けられるのは、とても効率的で来院の負担が少なくなります。この場合、専門医が常に院内にいるわけではないため、タスクシフトをした上でCaselineを活用できるのではと考えました。
これまで当院では、臨床検査技師不足の問題もあり医師がエコー検査を実施していましたが、現在では臨床工学技士にその役割を移行しました。臨床工学技士は普段、透析の穿刺(針を刺すこと)を担当しており、エコー検査も行うことで血管の状態をさらに詳細に把握できるというメリットがあります。シャント管理の基盤となるエコー検査を臨床工学技士に任せるタスクシフトは、彼らを信頼している証でもあります。当院では、シャントエコー検査、シャントPTA、シャント手術など透析に関わる一連の医療行為を透析室スタッフと共に行っています。
オンラインシャント外来がもたらした医療スタッフの自立とチームの変革
このオンラインシャント外来の最大の成果は、単に病院の収益につながるといった表面的なものではなく、「医師が主役ではなく、透析室スタッフが主役になった」という本質的な変化にあると思います。シャントPTAの治療を実施するかどうかの判断は医師が行いますが、「透析室のスタッフみんながいるからこそ成り立つ」という自立心がスタッフ全体で高まりました。都会にある函館市の病院に頼らず、「自分たちで地域の透析患者さんを守る」という気概が芽生えたのです。スタッフ全員が、私の手を煩わせないように可能な限り物事を進めてくれるようになりました。透析チームには総勢10名のスタッフが在籍しており、皆が協力的でモチベーション高く仕事に取り組んでいます。特に、師長の人柄が組織の良い風土を築き、助けになってくれているのも大きな要因です。
透析室が活性化することで、病院全体の活性化につながっていると実感しています。今年(2024年)、8名の病院スタッフとともに岩手県の学会に参加し、成果発表を行いました。地方の病院ではスタッフの数が不足しているため、スタッフの一時不在が起こる学会参加はなかなか難しいですが、当院ではスタッフ数が充実しつつあり、参加が可能となりました。このような活動が病院の魅力向上につながり、それを見た新しい人が「この病院で働きたい」と思い、スタッフが増えるのだと考えています。
地域医療の質的・量的向上に向けた新たなシャント管理体制の構築
私自身が病院事業管理者補佐という役割もあり、地域医療の質的・量的な低下を防ぐためのレポートを作成し、計画を策定しました。これまでの当院での取り組みとしては、以下の4点を実施しました。①シャント管理体制を構築し、シャントエコー検査、シャントPTA、シャント手術までをワンストップで提供できるようにし、②他の施設からの患者紹介を受けられる体制を整え、③透析患者の受け入れ枠を拡大し働くスタッフを増やし、④タスクシフトとオンライン診療により、専門医不在時でもオンラインシャント外来を実施できるようにしました。
今後は、クリニックなどの他の施設の透析患者さんに当院に来院していただき、当院のシャント管理体制のもとで共に診療を行いたいと考えています。他施設では従来のシャント外来のように、トラブルが発生した際に対応するのがまだまだ一般的です。クリニックでは透析を実施し、定期的なシャントのシャントエコー検査、シャントPTA、シャント手術は当院で実施するという新たな形を構築していきます。
木古内町は人口減少が著しく医療過疎地域ですが、必要な医療サービスが維持されなければ、人々の暮らしとともにその土地固有の魅力も失われてしまいます。そうならないためにも、この病院が周辺地域や都市部からも「必要とされる存在」になることを目指していきます。