DOCTOR'S VOICES
革新的な感染症治療法の手術手技をより多くの専門医に広める
圓尾 明弘 氏
はりま姫路総合医療センター 整形外科部長・整形形成外傷センター長
整形外科領域の感染症に対する新しい治療法である「抗菌薬局所持続灌流療法(continuous local antibiotics perfusion:CLAP)」は、感染が発生している骨に骨髄針を挿入し、抗菌薬を直接注入して、別のチューブで吸引しながら薬剤を効果的に病巣に行き渡らせる方法だ。この方法は従来と比べ、少量の薬剤を高濃度で長時間患部に直接浸透させることができ、関節の機能を維持しながら早期治癒が実現できる。しかし、CLAPを実施するには、既存の医療機器を組み合わせる必要があり、適応外使用となるため、手技の普及には課題が伴う。また、整形外科医にとっては、これまで教育を受けてこなかった技術が必要となるため、勉強会などを通じて情報の共有と周知徹底が求められる。e-casebook LIVEでもCLAPに関する教育ライブを2回にわたり配信し、多くの視聴者から関心を集めた。CLAPの第一人者である圓尾氏に、新しい技術を普及することの難しさや目標について話を聞いた。
記事公開日:2024年9月19日
整形外科領域における感染症治療の基本とその限界
感染症とは、細菌などの病原体が体内に侵入し、傷が化膿するなどの症状を引き起こすことを指します。この感染症を治療するには、抗菌薬を経口や点滴で投与すると、血流が良好な部位であれば体内の病原体へ行き届き殺菌してくれます。多くの場合、この方法で治療ができるのですが、血流が悪い部位には抗菌薬を患部へ届けることが困難です。
整形外科領域では、骨折部位の金属固定や人工関節の使用など金属インプラントがあることに加え、外傷や手術による組織損傷により血流が悪くなっていることが特徴です。このような状態で感染症が発生すると、血流の悪い患部に抗菌薬を十分に届けることが難しいです。さらに、金属インプラントの表面に細菌が凝集してバイオフィルムが形成され、このバイオフィルムを根絶するには、高濃度の抗菌薬が必要となります。血流が悪い上に高濃度の抗菌薬が必要なため、さらに治療を難しくします。
したがって、基本的な治療法としては、感染が生じた金属インプラントを一度抜去し、骨を仮固定した後、感染した組織を除去し、再びインプラントを挿入するのが一般的です。しかし、一旦感染した組織を除去した後に再固定するには組織が足りず、足りない骨や軟部組織を再建してから金属で固定するので、機能を元通りにすることは困難です。
また、従来から使用されている抗菌薬の局所投与として、抗菌薬を混ぜた粘土状の骨セメントを感染部位に直接配置し、徐々に抗菌薬を拡散させる方法もあります。しかし、初期の効果はあるものの、1週間程度で徐放量が減少してしまいます。さらに、金属インプラントを温存しつつ骨セメントを設置するには、骨内にスペースがとれません。
また、別の抗菌薬の局所投与として、骨や周囲の組織にチューブを設置し持続的に洗浄をする方法も報告されていますが、長時間の洗浄には大量の水と抗菌薬が必要となり、保険医療の範囲内での実施は難しいです。この洗浄液に抗菌薬を混ぜる方法は推奨されなくなりました。そこで注目したのが、高濃度の抗菌薬を非常に遅いスピードで患部に直接投与する方法です。
新たな治療法CLAPとその効果
さまざまな治療法を試行錯誤した結果誕生したのが、抗菌薬局所持続灌流療法(continuous local antibiotics perfusion:CLAP) です。この技術は、もともと神戸大学で古から伝わる技術を基に改良し、実用化していきました。現在では、骨に漏れなく薬剤を注入する医療機器や、骨髄内の圧力に負けずに正確に注入する装置、患部周辺に薬剤を分布させるための吸引器など、複数の機器を組み合わせることで、現在の形が完成しました。
従来の「洗い流す」方法から、「染み込ませる」方法へ変わったことで、少ない量の溶液に一日投与量を超えない量の抗菌薬を溶かして高濃度の溶液を作り、1時間に2mlというスピードで徐々に注入し、陰圧をかけて注入した液を誘導することで組織全体に薬剤を行き渡らせるにことが可能になりました。CLAPの手術の目的は、温存した組織に抗菌薬を効率よく流すための経路を構築することです。これにより、従来の教育では温存が困難とされていたインプラントを残しつつ、感染が発生した組織を温存しながら治療することが可能になりました。
従来の治療法では、感染症が発生すると治療が難航するので、患者さんは何度も手術を受けなければならないという大きな負担がありました。特に手術後は、感染症の傷口を閉じることができず、ガーゼで覆わなければなりません。ガーゼが菌で汚染され、患者さんのベッド周りも汚れてしまいます。ガーゼの交換には痛みが伴い、治療もなかなか進まないため、患者さんの不安も大きくなります。しかし、CLAPでは、汚染された部分はチューブで吸引されるので、ベッド周りの汚染が少なく、灌流をしているだけなので痛みも少ないです。多くの場合、2週間ほどで感染が治癒するので、「2週間耐えれば良くなるから頑張ろうね」と患者さんに笑顔で伝えることができます。治療の見通しが立つことは、患者さんや医療従事者にとっても大きな安心感をもたらします。
CLAPの普及に向けた取り組みと課題
CLAPをより多くの整形外科医に広めるために、専門誌での記事執筆や、セミナーや学会で報告を行ったりしてきました。CLAPは既存の機器を組み合わせて治療を行っていますが、それらは本来、別の目的で作成されたものや、独自に工夫をしたものです。
例えば、排液に使うドレナージのチューブは胃管チューブを使用しています。破れやすい消化器に用いるチューブを筋肉に用いても問題はないのですが、用途上は適応外使用となります。また、骨髄針も長期に留置する目的の医療機器は存在しませんでした。CLAPでは灌流のため針を2週間ほど刺し続ける必要がありますが、患者さんの動きにより針が緩んだり抜けたりする問題がありました。そこで、多くの企業に専用機器の開発を持ちかけたのですが協力は得られず、自費で試作品を作成し、ようやく医療機器として申請してくれる会社が現れたので、2023年に医療機器としての承認を取得しました。
このように、適応外使用の場合、企業からの資金的な支援が得られないので、研究会を立ち上げ、その年会費で、開発、研究、ホームページでの情報発信、セミナーを行うことで、CLAPの実用化を目指しています。CLAPを普及させるためには、医療機器の承認だけでなく、診療報酬点数の取得も重要です。最終的には診療報酬点数を取得することが目標であり、まだまだクリアしなければならない壁が多いのですが、一歩ずつ前に進んでいます。
視聴者からの質問に見るCLAPへの関心
CLAPを広めるため、e-casebook LIVEでもレクチャーを行いました。コロナ以降、無料のレクチャー動画配信が増えており、e-casebook LIVEもその1つだと考えています。コロナ以前は現地で講演を行っており、その際は聴衆である医師の表情を見ながら理解度を把握し、話の内容を調整することができました。しかし、Web配信になると聴衆の反応が分かりづらく、それに応じた話の内容の調整が難しいと感じています。
e-casebook LIVEでレクチャーをした際、視聴者から寄せられた質問は高いレベルのものが多かった印象です。CLAPについての感想を尋ねた際は、恐らく既にCLAPを実施された経験がある先生から、困難に直面した時の質問が多く寄せられました。
オンデマンド学習の利点と新しい技術の普及
ライブ配信には利点がありますが、オンデマンド配信をすることで視聴者は自分の好きなタイミングで学習できるため、大きなメリットになります。例えば、緊急性の低い手術を行う場合、手術の1ヶ月前から計画を立て、当日に向けて資料を集めるなどの準備を進めます。この準備期間中に新しい手術手技に関する情報を得ようと思って書籍や論文を読んでも、具体的なイメージが湧かないことがあります。その場合、動画コンテンツがあれば参考にして手術に役立てることができます。
CLAPは資金面の支援がない中で技術を広める取り組みを進めています。より多くの医師に新しい技術を知ってもらうためには、まずはe-casebook LIVEでベーシックな内容を無料で公開して広く認知してもらう。より高度な内容を知りたい方には、研究会のサイトにある有料コンテンツを視聴してもらい、日々の臨床に役立ててもらいたいと考えています。各プラットフォームをうまく使い分け、e-casebook LIVEではベーシックな内容を発信する場として位置づけられればいいのではないかと思います。