DOCTOR'S VOICES
クラウドで越える「技能評価・研修」の壁
上妻 謙 氏
日本心血管インターベンション治療学会(CVIT) 理事長 / 帝京大学 内科学講座・循環器内科 教授(取材当時:日本心血管インターベンション治療学会(CVIT) 専門医認定制度審議会 委員長 / 帝京大学 内科学講座・循環器内科 教授)
世界中の多様な疾患に対応するべく細分化する現代医療において、専門的治療を担う医師の育成は急務の課題だ。
日本心血管インターベンション治療学会(CVIT)は、心血管疾患患者に対する有効かつ安全なカテーテル治療の普及を推進する機関であり、(2018年)現在約7000人のメディカル会員が登録している。
長年の臨床研究で培われた厳しい基準で同学会が運営する、心血管カテーテル治療の新専門医認定医制度には、e-casebookが導入されている。
記事公開日:2018年5月4日
最終更新日:2023年11月20日
CVITが推進する専門医の認定制度とは
1985年の日本冠動脈形成術研究会 第1回開催以降、紆余曲折を経て、さまざまな立場の心疾患専門医によって「心血管カテーテルの技術・知識の普及」という一つの使命を基に結成されたのがCVITです。
心血管のカテーテル治療を行う専門医の認定には、実技試験が不可欠であることが学会内の共通の認識ですが、長らくその審査方法については議論されてきました。CVITで専門医として認定されるには、筆記試験・症例リストの提出・冠動脈形成術の実技審査のクリアが主な条件です。かつては実技審査として、実際の患者さんへの施術に指導医が立ち合っていましたが、たった一度の治療で判定される受験者の緊張や、指導医一人が審査することの客観性、実技試験と兼ねて治療が行われる患者への倫理観など諸問題が山積していました。ビデオカメラで治療の様子を録画するなど模索したものの、根本的な解決策が見いだせませんでした。 また審査の受験以前に、全国の病院数に対して指導医の資格を持つ医師数が絶対的に足りない状況で、指導医が在籍する病院で研修を受けるのが必須という環境に当てはまらない、地方受験希望者の実情も大きな課題でした。
IT審査システム導入へ
まず技術認定そのものの作業負担が、早期に解消したい問題でした。集まった受験生のデータを数日がかりで審査・認定するため、委員会のメンバーは審査期間中の休日ごとに、通常の学会の比では無い時間を費やします。交通費・会場費・審査データ共有システム費の発生は当然ですが、何よりメンバーを集めるスケジューリングの手間と、「時間」という目に見えないコストが、各々の重い負担となっていました。
解決案を示すWebシステムを求めて、数社コンペを実施した結果採用したのがe-casebookです。クラウド上で画像データを共有するシステム提案は他社でもありましたが、アンギオグラフィー(血管造影検査)やIVUS(血管内超音波検査)などの専門性に特化した国際基準規格の医療用データ様式「DICOM(ダイコム)」に対応している上、症例をアップロードする際、患者さんの個人データを自動的に消去する仕組みも決め手となりました。データの取扱いはデリケートな作業で、実際かなり手を取られていたので、そのストレスがないシステムはとてもありがたいです。
新システムで激増した受験者にも対応が可能に
認定審査へのe-casebookの導入はとてもスムーズでした。受験生は必要なDICOMデータに症例報告書を添付してe-casebookにアップロードします。CVITの専門医技能評価審査官3人が各自のパソコンからログインして評価し、合議の上評価結果を審議会へ報告します。これまで審査官のスケジュールを合わせ、場所を決め、時間を費やしてきた作業がかなり簡便になりました。 このクラウドを使ったシンプルな審査システムによって、敷居を低くしたことにより増加した受験者の対応が可能になりました。
e-casebookで専門医の技能研修を
技能評価にe-casebookを導入してみて、クラウドでの技能審査が実際のカテーテル室内でのリアルな実技審査と遜色ないことを実感し、これは「技能研修」にも使えるのではないかとひらめきました。 専門医を目指す医師は指導医の元での実技を伴う研修カリキュラムを履修することが義務づけられています。そもそも専門医が少ない地方では指導医が在籍する研修施設も少なく、研修を受けること自体ハードルが高くなり、専門医の数も伸び悩むという悪循環でした。近年は、施設に新しい治療のための医療技術を導入する際「CVITの専門医が在籍すること」が条件に挙がることも増えてきました。専門医不在の地域では新しい治療に取り組めず、地域間格差はますます拡大し、その結果、一番不利益を被るのは患者さんです。
そこで、研修施設と連携施設がクラウドでリアルタイムにつながっていれば、格差解消につながるのではないかと考えました。もちろん対面でのサポートが必要な時もありますが、もともと動画データを見ての指導を想定していたので、研修のコンセプトはe-casebookで充分達成できると思い当たったのです。
心血管治療の未来を担う専門医の輩出へ
すでに技能審査でe-casebookを使ってその利便性に理解を得ていたため、2017年11月に理事会承認、翌年1月にクラウド研修スタートとテンポ良く導入が決まりました。
日々の治療データを修練医と指導医のグループで共有して、リアルタイムで指導。治療のフォローアップやフィードバック、ノウハウの伝授など、やりとりのログはそのまま指導歴となります。これから全国にこの研修システムを周知していく段階ですが、(2018年)現在200人ほど登録している指導医一人につき、修練医3人くらいまでをマッチングして指導を行えたら理想です。認定更新システムの構築など、今後もe-casebookの汎用性を活用した課題解決を考えています。CVITの審査は非常に厳格ですが、一人でも多くの専門医が誕生して、その技能をより多くの患者さんの元に届けられるよう願っています。